冬晴れの豊郷まほろばの道②古墳時代から近代の名勝旧跡を訪ねて

 豊郷まほろばの道シリーズ第2段

 前回は豊郷まほろばの道の西半分を周回しました。今回は長岡公園から北山霊園までの東半分を周回しました。前回は冬晴れとはいえ日光方面には雪雲がありました。今回は日光の山々や関東平野の一角が一望できた散策になりました。

まほろばの道案内看板 案内板

豊郷まほろばの道はここ仏舎利塔から
 まほろばの道の南端はここ、富士見台の仏舎利塔です。ここから、宇都宮美術館を越えて田川を横断し北山霊園に有る北山古墳群に至る道がまほろばの道の全貌でした。仏舎利塔の有る富士見ヶ丘団地は長岡丘陵の最高地点です。仏舎利塔は宇都宮市を一望できるということから、この地に建てられたのでしょう。宇都宮平和仏舎利塔という正式な名前があります。 世界の平和、人類の幸福、そして戦没者の慰霊のために、大谷石で作られました。最大直径30.3mの仏舎利塔は全国にも誇れる大きさだそうです。ここを起点に長岡公園に沿って宇都宮環状線まで下ります。

仏舎利塔

 環状線の向かいには豊郷台そして百穴と太子堂  長岡公園から北へ下ると宇都宮環状線にぶつかります。向かい側はに長岡の百穴と美術館から豊郷台団地へと続く丘陵があります。環状線を左に折れて、結婚式場に向かう旧道を少しのぼり、下った右手に太子堂があります。お堂の厨子の中には、聖徳太子の像が祭られているそうです。33年に一度開帳されるようです。詳しい記述はあまりないようです。全国にはたくさんの太子堂があり、聖徳太子を敬って建てられています。ここの太子堂はちょっと寂しい感じでした。

太子堂

 豊郷台は学芸の住宅地  太子堂から環状線を東に向かい、信号を左折すると豊郷台の住宅地に入ります。ここには宇都宮市美術館や帝京大学工学部があり学芸文化の街となっています。街路樹は様々な植栽が施してあり、花水木通り、さくら通りなどの名前が付けられています。宇都宮市の一等住宅地ですね。

豊郷台の町並み 街路樹と通り

 田川がつくった肥沃な田園地帯
ここを下ると田川の清流と田園地帯が広がります。今日は日光連山の眺めが素晴らしい。田川は鬼怒川の河岸段丘である宇都宮丘陵を南北に切るように流れています。この一帯は肥沃な田園地帯でお米の産地として知られています。田川はこの段丘に沿って北西から南東へ流れて宇都宮市駅前に続きます。砂質凝灰岩の地層が河川の底面や崖に見られます。長岡百穴はこの砂質凝灰岩の地層を削って作られています。

田園風景

 平野神社から高龗神社(高おかみ神社)そして北山古墳郡 田川から支流沿いに北上すると目の前が北山古墳群の有る北山霊園の丘陵です。街道筋を右手に折れてすぐに平野神社があります。この神社は神楽殿を持つ神社で戊辰戦争の際には消失した宇都宮二荒山神社に変わって流鏑馬が行われていました。平野神社は大和流太々神楽が有名です。現在も1月第一日曜に奉納が行われています。神社手前左手に「星宮神社」が鎮座しています。ここから眺める日光連山と田園風景は絵になります。更に北に進むと高台に高龗神社があります。砂質凝灰岩の上に多くの祠が祀ってあり一種独特の感じがしました。その裏手の高台が北山古墳群で、権現山古墳、雷電山古墳、宮下古墳の3つの前方後円墳といくつかの円墳が存在します。

平野神社鳥居 高龗神社

北関東の平野一望の北山霊園浅間山  豊郷まほろばの道はここ北山霊園で終了です。2つの山頂があり手前には戦没者追悼の碑があります。その奥には北山霊園の最高地点浅間山の山頂です。よく晴れていて東側の関東平野が一望できました。八溝山地の低山の山々が北から南に連なっています。。栃木百名山で登った花瓶山、万蔵山そして鷲子山、松倉山へと続き、茂木の鎌倉山、益子の名峰鶏足山や雨巻山、高峰へと連なっています。その南側には加波山や筑波山などの茨城の山々も展望できました。冬晴れのまほろばの道は新たな発見の有る散策でした。

 

 

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htam
  • htam
  •  栃木県宇都宮市に50年以上住んでいます。井の中の蛙です。栃木百名山は、2017年夏に6年かかって踏破しました。

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